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    カテゴリ: 歴史


    「秀吉から拝領」伝承の十字型洋剣、400年前に国内製造が判明 - 京都新聞
    滋賀県甲賀市水口町の藤栄神社に伝わる十字形洋剣「水口レイピア」が、約400年前にヨーロッパ製のレイピア(細形洋剣)をモデルに国内で制作されていたことが分かった ...
    (出典:京都新聞)



    (出典 www.chunichi.co.jp)


    凄いですね。

    1 すらいむ ★ :2019/09/02(月) 21:13:53.65

    「秀吉から拝領」伝承の十字型洋剣、400年前に国内製造が判明

     滋賀県甲賀市水口町の藤栄神社に伝わる十字形洋剣「水口レイピア」が、約400年前にヨーロッパ製のレイピア(細形洋剣)をモデルに国内で制作されていたことが分かった。
     水口歴史民俗資料館(同市)などが共同研究成果を3日の国際博物館会議(ICOM)京都大会で発表する。

     国内に現存する唯一のレイピアで、アジアでもその存在は知られていない。
     関係者は「時の権力者が南蛮人から入手し、好奇心から複製を作らせたという東西文化交流の一つの在り方を示す希有な事例」としている。

    (以下略、続きはソースでご確認下さい)

    京都新聞 9/2(月) 20:41
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190902-00000026-kyt-l25


    (出典 amd.c.yimg.jp)


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    新発見の石器から「最初のアメリカ人は日本から来たかもしれない」説が急浮上 - GIGAZINE
    これまでの定説では、最初に北アメリカ大陸にやってきた人類は1万3000年前に栄えたクローヴィス文化の時代の人々だとされてきました。そんな中、新たにアメリカで発見 ...
    (出典:GIGAZINE)



    (出典 i.gzn.jp)


    ちょっと弱い説ですね。

    1 しじみ ★ :2019/08/30(金) 17:32:57.22

    これまでの定説では、最初に北アメリカ大陸にやってきた人類は1万3000年前に栄えたクローヴィス文化の時代の人々だとされてきました。そんな中、新たにアメリカで発見された石器の分析から、これまでの常識を覆す新説が浮上しています。

    (出典 i.gzn.jp)


    Late Upper Paleolithic occupation at Cooper’s Ferry, Idaho, USA, ~16,000 years ago | Science
    https://science.sciencemag.org/content/365/6456/891

    Stone tools suggest the first Americans came from Japan | Ars Technica
    https://arstechnica.com/science/2019/08/16000-year-old-site-in-idaho-indicates-people-sailed-around-the-ice-sheet/

    First Americans arrived at least 16,000 years ago, and probably by boat | NOVA | PBS | NOVA | PBS
    https://www.pbs.org/wgbh/nova/article/coopers-ferry-first-americans/

    1930年代に、アメリカのニューメキシコ州にあるクローヴィスで後期氷河期ものと見られる遺跡が複数発見されました。さらに、その後の調査で北アメリカ大陸全土に分布する約1万3000年前のクローヴィス層という地層から、尖頭器をはじめとする石器などが多数発掘されたことから、この時代に栄えた石器文化はクローヴィス文化と呼ばれています。

    (出典 i.gzn.jp)


    こうした多数の発見から、クローヴィス文化の人々がアメリカで栄えた最初の人類だとする「クローヴィス・ファースト」という説がこれまで有力視されてきました。また、この説では、アメリカの先住民の起源として「アフリカで発生した人類は、氷河期後期に氷が溶けて通れるようになっていたベーリング地峡を通ってアメリカにやってきた」と説明されています。

    しかし、その後クローヴィス層よりも古い地層からも人類の痕跡が見つかるようになり、「クローヴィス・ファースト」仮説に疑問がなげかけられるようになりました。そんな中、オレゴン州立大学の人類学教授であるローレン・デイビス氏は、アイダホ州西部にある「クーパーズ・フェリー遺跡」から石器や炭、動物の骨などの遺物を発掘しました。放射性炭素年代測定によると、これらの遺物の多くは約1万5000~1万6000年前のものだとのことです。

    以下の図は1万6000年前のクーパーズ・フェリー遺跡周辺をシミュレートした地図で、地図北部の水色で示されている部分は氷床です。

    (出典 i.gzn.jp)


    ニューハンプシャー大学で地質学を研究しているアリア・レスネク氏は今回の発見について「これは本当にエキサイティングです。おそらく、北米における最も古い人類の痕跡の一部だと思われます」とコメント。また、遺物の年代から「アメリカ大陸最初の人類が、氷に覆われていない陸路でやってきたという考えは基本的には排除されると考えられます」と話しています。

    というのも、1万6000年前のベーリング地峡はほとんど氷に閉ざされており、人類が移動できる状態ではなかったと考えられているためです。このため、レスネク氏は「アメリカに最初にやってきた人類は、氷のない陸路ではなく、太平洋沿岸を通ってやってきたのではないか」という説を提唱しています。

    以下の図で赤色の矢印で示されているのが、かねてからの定説だった「氷のない陸路」ルートで、オレンジ色の矢印が最近提唱された「太平洋沿岸ルート」です。レスネク氏は、「太平洋沿岸なら約1万7000年前のころには氷が溶けていたので、アメリカにやってきた最初の人類はこのルートを船で通ったのではないか」と考えています。

    (出典 i.gzn.jp)


    また、デイビス氏らは今回発見された石器が、日本で発見された同年代の石器と酷似していることを発見しました。以下の図はクーパーズ・フェリー遺跡で発見された石器の写真と、北海道の白滝遺跡から出土した石器のイラストを比較したものです。大きさや形状がかなり似ているのが一目でわかります。

    (出典 i.gzn.jp)


    続きはソースで

    https://gigazine.net/news/20190830-first-americans-from-japan/
    ★1が立った日付2019/08/30(金) 15:43:06.56
    前スレhttps://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1567147386/


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    三国志の英雄・曹操、劉備、孫権は史実でも本当にすごかったのか(PHP Online 衆知(歴史街道)) - Yahoo!ニュース
    東京国立博物館の特別展で話題となっている「三国志」。現在発売中の月刊誌『歴史街道』9月号では、「三国志・男たちの五大決戦」と題し、官渡、赤壁、五丈原など5つの ...
    (出典:Yahoo!ニュース)



    (出典 www.kinokuniya.co.jp)


    頭が良いと、人の使い方も上手ですね。

    1 樽悶 ★ :2019/08/28(水) 18:47:24.53


    (出典 amd.c.yimg.jp)


    東京国立博物館の特別展で話題となっている「三国志」。現在発売中の月刊誌『歴史街道』9月号では、「三国志・男たちの五大決戦」と題し、官渡、赤壁、五丈原など5つの決戦を取り上げ、名将たちがいかに決断したかに迫っている。

    (前略)ここでは、三国志研究の第一人者である渡邉義浩氏による解説を紹介しよう。

    ※省略

    『演義』では悪玉とされる曹操ですが、史実においては、桁外れの行動力と変革力を発揮しており、規格外の「時代の変革者」と評せます。当代随一の兵法家でもあり、この時代における一番の天才といってもいいでしょう。

    彼が成そうとした最大の変革として、「儒教の相対化」が挙げられます。漢の国教とされた儒教は、漢を「聖漢」、すなわち「聖なる漢」との教えを説き、その体制を支えていました。

    しかし、そうした漢の体制が行き詰って、国が乱れているわけですから、曹操は新たな時代を創造するためには、儒教第一主義を否定しなければならないと考えました。

    その手始めとして、「唯才主義」による人材登用を主張します。それまでの漢の官僚登用は「孝廉」、つまり人として優れていれば、官僚としての才能も保証される、という儒教理念に基づいて行なわれてきました。

    それに対して曹操は、貪欲だったり、賄賂を受け取るような人物であっても、才能さえあればいいとしたのです。

    あわせて文学を宣揚し、儒教に通じているか否かではなく、文学に優れているか否かを人事基準として、儒教を相対化しようとしました。

    中国史上でも、儒教に異議申し立てをしたのは、ほかに近代以降の魯迅と毛沢東しかいません。曹操が果たそうとしたことは、それほどまでに革新的なことだったのです。

    余談ですが、それによって儒教は打撃を受け、それまで普及していなかった仏教が後に広まる契機となります。それがなければ、日本への仏教渡来もどうなったかわからず、その意味で曹操は日本史にも影響を与えているのです。

    それから曹操は、漢の土地制度と税制を根本から変える改革も行なっており、「中国史上屈指の改革者」と評して過言ではありません。

    三国志の時代は、順当に行けば、袁紹による国家ができたことでしょう。名門の家系に生まれただけでなく、戦い方も王道です。彼は、漢と同じ国家像を志向しています。しかし滅びゆく漢と同じことをしても、無理があります。

    そうした袁紹に対し、曹操は漢に代わる新たな国家像を提示できた。だからこそ、勝利を収められたのではないでしょうか。

    なお、10年ほど前、中国河南省で西高穴二号墓が発掘され、曹操の墓ではないかと話題となったことは、記憶に新しいのではないでしょうか。発掘状況と文献を精査すると、曹操の墓で確実だといえます。

    ■劉備は諸葛亮に利用された

    ※省略

    三国志の時代に、裸一貫から皇帝にまで上り詰めたのは、劉備ただ一人です。曹操は漢の高官の息子ですし、孫権も弱小とはいえ豪族の出身。何もないところから成り上がった劉備の能力は、やはり極めて高かったといえます。

    劉備を支えた諸葛亮は、『演義』では天才軍師として描かれます。しかし、持ち上げられすぎているきらいがあり、それがために苦手という人もいるでしょう。

    実際の諸葛亮は、自分の得手不得手をよくわきまえた人物で、経済政策を苦手としていました。ですから例えば、劉備に嫌われていながらも、経済手腕には長じていた劉巴を、何とか高い地位につけようとしています。

    戦いの面で言えば、戦略と戦術に分けられますが、諸葛亮は戦術が苦手でした。戦術は騙し合いの世界なので、どちらかというと、人格者ではないほうが優れている。その点、諸葛亮はまっとうな人間であり、嘘や騙し合いの必要な戦術は、さほど得意ではなかったと思われます。

    しかし、戦略には優れていました。よく「天下三分の計」といいますが、それ自体は、あの時代であれば考え得ることでしょう。むしろ特筆すべきは、劉備という存在に目をつけたことにあります。

    諸葛亮は、漢を敬慕し、純粋に「漢再興」を目指していました。ですから、劉備に三顧の礼を受けた時、内心狂喜したのではないでしょうか。

    諸葛亮は、劉備が漢帝室の姓を持つことと、彼が優れた武人であることに注目し、漢再興の旗頭として位置づけることを考え出した──。(続きはソース)

    8/27(火) 12:14配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190827-00010000-php_r-pol

    ★1:2019/08/27(火) 23:45:46.81
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1566975106/


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    内陸にマグロ!?遺跡から骨出土 南陽、縄文草創期に海岸部と交流の可能性 - 47NEWS
    約1万1千~1万2千年前の縄文時代草創期の竪穴住居跡が確認された南陽市赤湯の北町遺跡で、内陸部の縄文遺跡としては全国的に珍しいマグロの骨が出土した。
    (出典:47NEWS)



    (出典 lowch.com)


    ぜひ解明してほしいです。

    1 樽悶 ★ :2019/08/10(土) 19:02:09.42

    マグロの骨が出土した北町遺跡で、2年目の発掘調査が始まった=南陽市赤湯

    (出典 www.yamagata-np.jp)

    出土したマグロの骨(長井謙治愛知学院大准教授提供)

    (出典 www.yamagata-np.jp)


     約1万1千~1万2千年前の縄文時代草創期の竪穴住居跡が確認された南陽市赤湯の北町遺跡で、内陸部の縄文遺跡としては全国的に珍しいマグロの骨が出土した。当時から内陸部と海岸部で人的、物的交流があったことが推察され、愛知学院大の長井謙治准教授(先史考古学)らが8日から、現地で2年目の発掘調査を始めている。

     白竜湖西側に位置する同遺跡は、枯れた植物が分解せずに積もった泥炭層の湿原だった場所に広がる。市教育委員会は2015年、東北芸術工科大(山形市)の考古学研究室に勤務していた長井准教授と一緒に湖周辺の泥炭を探す作業に着手し、17年に探し当てた。

     最初の本調査は、昨年8月9~25日に実施した。地下約4.7メートルまでの範囲に計17の地層を発見し、10層(地下約4メートル)の竪穴住居跡から約2センチ大のマグロの骨と哺乳動物の骨などを見つけた。東海大の丸山真史講師(動物考古学、海洋考古学)が鑑定したところ、成長段階のマグロの背骨の一部と判明した。長井准教授は、昨年の調査を「これだけの内陸部で海洋魚の骨が見つかったこと自体、驚いた」と振り返る。

     一連の調査結果は、今年5月に東京で開かれた日本考古学協会総会で発表した。今年の調査は22日までの予定で、同大と東北芸工大の学生、市教委社会教育課の担当者計約20人と作業に当たる。竪穴住居の確認や人が住んでいた地層の確定などを目的としており、長井准教授は「最古のマグロの骨に加えて、土偶なども確認できれば面白い研究になる」と話している。

    山形新聞 2019年08月10日 11:01
    https://www.yamagata-np.jp/news/201908/10/kj_2019081000184.php


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    エジプト最新ミステリー 発見された黒い棺の人物 - nikkei BPnet
    エジプトで密閉された黒い石棺が発見され、インターネットで話題となっている。しかし、棺に納められているのはいったい誰だろう?
    (出典:nikkei BPnet)



    (出典 livedoor.blogimg.jp)


    誰のお墓なんでしょうか。

    1 ガーディス ★ :2019/07/14(日) 15:47:19.65

    サが作られたのは今から2千年ほど前のプトレマイオス朝(紀元前4世紀から1世紀)のものと見られている。棺が今まで開けられてはいないことは、棺の蓋の下の層が一切触られた形跡がないことから明白。棺は墓荒らしの盗賊の犠牲になることが多いことから、今回の発見は非常に珍しいものと話題を呼んでいる。

    https://jp.sputniknews.com/science/201807145113316/

    (出典 cdn1.img.jp.sputniknews.com)


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