つばめや

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    カテゴリ: 雑学、その他



    (出典 iceman10.com)


    仕事選ばなければ、ありますが。

    1 ばーど ★ :2020/01/10(金) 18:02:29.13

    ■自己肯定感なんてゼロ

    非正規労働者の「非」も、就職氷河期の「氷」も。これらの字を目にするだけで苦痛だと、ケンタさん(仮名、47歳)は言う。ただただ怒りや悲しみ、虚しさが募るのだと。

    30歳を過ぎてからは、非正規雇用の仕事を転々としてきた。「努力も、自己研鑽もしました。でも、ここなら働き続けられると思ったら、雇い止め――。これの繰り返しです。(手取りで)15万円の壁が超えられない。自己肯定感なんてゼロです。自己責任というなら、お願いですから、誰か20万円稼げる方法を教えてくださいよ」。

    30歳のとき、大手飲料メーカーの子会社に契約社員として入社。営業を担当し、自家用車でスーパーなどを回った。しかし、1日に何度も重いケースを上げ下ろししなければならず、椎間板ヘルニアを発症。5年足らずで雇い止めにされた。

    しばらくアルバイトで食いつないだ後、別の大手飲料メーカー子会社に就職。雇用条件は「3年更新の契約社員で、3カ月空けて再契約することができる。正社員登用あり」だった。腰の調子もよく、「定年まで働き続けるつもりでした」。しかし、折あしくリーマンショックに遭遇。1回目の期間満了前に「次の更新はない」と告げられた。このとき、上司はケンタさんにこう説明したという。

    「コンビニとか、タクシーとか、便利なものは高いでしょ。君たちの給料が高いのは、短期間だけど、その間にちゃんと稼いでもらうためでもあるんですよ」

    最初は意味がわからなかった。しかし、後になって「お前たちは使い捨てできる便利な労働力だから、その分、高い給料を払っているんだ」という意味だと理解した。「いずれ路頭に迷うのかと思うと、仕事への意欲が失せました。給料ですか??自家用車の維持費を含めて29万円くらい。言われるほど高給じゃありません」。

    そもそも、会社はケンタさんを本当に雇い続ける気があったのか。「3カ月空けての再契約」は、非正規労働者をいつでも雇い止めにできるようにしたい会社の典型的な手口だ。ましてや正社員になれた人などいるのだろうか。私がそう尋ねると、ケンタさんはこう答えた。「過去10年間で、全国の契約社員の中から1人だけ正社員になった人がいると聞いています。毎日早朝から夜遅くまで残業する、伝説の契約社員として有名な人でした」。

    このときの雇い止めが原因で、ケンタさんはメンタル不調に陥ってしまう。病院で、うつ病と診断された。さらに、別の大手飲料メーカー子会社の契約社員になったが、うつ症状がぶり返し、1年もたなかったという。

    ■食べていけるだけの給料が欲しかった

    その後は大手自動車メーカー系列の販売店で、洗車を担当するパート社員になった。ここでは、まじめな仕事ぶりもあり、正社員との関係も良好だった。顧客から洗車が丁寧だと感謝されると、整備士たちは必ずそれをケンタさんの耳にも入れてくれたという。

    問題は給料の低さだった。毎月の手取りは14万円ほど。年末年始やゴールデンウィークなどの大型連休時に店舗が休みになると、手取りは10万円を切ることもあったという。

    とても暮らしていけない――。大型連休中に数日でいいから、別の年中無休の系列店で働かせてもらえないかと、上司に直談判したが、色よい返事はもらえなかった。やむをえず、パン工場でアルバイトを始めたが、洗車は基本中腰、パン工場は常時立ちっぱなしということもあり、体がもたなかった。しんどさのあまり、アルバイトを辞めてみたら、危うくその月の家賃を滞納しかけたという。

    体がボロボロになるまでダブルワークをするか、家賃を滞納してでも洗車1本でいくか――。悩んだ末、洗車の仕事を辞めて別の仕事を探すことにした。

    「働き続けたかったです。仕事は評価されていたと思います。辞めると言ったとき、上司は引きとめてくれましたから。だったら、食べていけるだけの給料が欲しかった……。パートは、事務職も、洗車担当者も、みんな同じような待遇でした。以前、パートが何人か集まって、給料を上げてほしいと、上司と交渉していたのを見たこともあります」

    以下全文はソース先で

    ■政府は守ってくれず、食事に気を遣う気力も余裕もない

    2020/01/10 5:40 東洋経済オンライン
    https://toyokeizai.net/articles/-/323291

    (出典 toyokeizai.net)


    ★1が立った時間 2020/01/10(金) 15:53:35.31
    前スレ
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1578643395/


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    (出典 www.evah.tv)


    一人で暮らせる時代ですからね。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/01/05(日) 18:44:56.98

    婚活について調べていると、一度は「男性不足・女性余り」と見かけたことがないでしょうか?

    婚活ブームの真っ只中、男女比は「男:女=3:7」とまで、現在は言われています。

    実は男性が、婚活市場に少ないことには理由があるんです。

    そこで今回は、婚活市場の男女比の現状と、「男性不足・女性余り」と言われる本当の理由について徹底解説します!


    (出典 yume-con.net)


    男性のおよそ4人に1人
    女性のおよそ7人に1人
    が未婚という状況は、日本は「結婚離れ」が進んでいると言えます。

    国勢調査によれば、男性の方が未婚者が多いということがわかりました。

    それでは、結婚相談所や婚活サイトにおける男女比を見ていきましょう。


    (出典 yume-con.net)

    日本最大の結婚相談所ネットワークであるIBJ日本結婚相談所連盟のデータによると、会員登録者の男女比は女性の方が多く、男女比はおよそ「男:女=4:6」となるそうです。

    結婚相談所によって男女比に違いはあるものの、生涯未婚率の男女比と結婚相談所の男女比は一致しないようです。

    昔は男性過多、今は逆に女性過多

    結婚相談所で長らく仲人として未婚男女の婚活をサポートしてこられた方の話によれば、10年ほど前は男性会員の方が多く、男女比は「男:女=6:4」だったそうです。

    当時は婚活市場全体を見ても男性過多で、女性側は待っていればお見合いのお申し込みが集まる状況でした。

    しかし現在は、男女比が逆転して女性過多の状況です。

    比率で言うと、

    男:女=4:6
    男:女=3:7
    くらいまで差が広がっています。

    結婚相談所に限らず、婚活パーティーや街コンなどの婚活イベントでも、女性過多の現象が起きています。

    なぜこの10年ほどで結婚相談所や婚活パーティーの登録者の男女比が逆転したのでしょうか?

    次に、婚活市場で男性が少ない原因について解説していきます。

    婚活市場で男性が少ない原因

    ここ10年のうちに、婚活市場で男女比が逆転していることが分かりました。

    婚活市場で男性が少なくなった、原因はどこにあるのでしょうか?

    ここからは、婚活市場で男性が少ない原因について迫っていきます。

    仕事が忙しい

    多くの男性が結婚を意識し始める20代後半~30代は、

    職場の部下ができたり
    責任のある仕事を任されたり
    など、仕事が忙しくなる年代です。
    イトであれば活動できるからです。

    https://yume-con.net/archives/670/
    2019年12月27日

    前スレ                2020/01/05(日) 09:22
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1578212696/


    【【現状】婚活市場の男女比!婚活パーティーなどで「男性不足・女性余り」と言われている本当の理由!!!!!!!】の続きを読む



    (出典 www.drill-inc.jp)


    レディーファーストって日本文化に馴染みがないですからね。

    1 首都圏の虎 ★ :2020/01/04(土) 19:57:03.34

    最近、エジプト人とイギリス人の男性同僚2人と東京に出張した。

    1週間、ほぼ毎日地下鉄や電車を使い、混んだ車両に乗ることもあったが、2人とも席が空けばまずは私に座らせようとしてくれ、座っている自分の前に女性(年齢はさまざま)やお年寄り(男女問わず)、荷物を持った人などが立ったら、もれなく「Would you like to sit?」と言って、積極的に席を譲っていた。

    そのたびに譲られた側の日本人は最初驚き、まずは遠慮する。それでも同僚たちが構わず立ち上がると、最後は嬉しそうに感謝する。「外人さんは偉いねえ」などと言って彼らをほれぼれと見つめ、降り際に深々と頭を下げるおばあちゃんもいたし、ベビーカーを押して肩身狭そうに乗ってきた若い女性も笑顔で喜んでくれていた。
    .

    椅子取りゲームのように我先に席に座る人たち

    今回の2人に限らず、これまで出張で日本に連れて行った多くの(この10年以上で通算150人以上。主に欧米人だがそれ以外も)男性同僚たちの大多数が同じような状況で反射的に立ち上がり、自分より体力のなさそうな人たちに席を譲るのを見てきた。彼らを見ていると、こういう行為が本能的に身についていて反射的に自然にできているんだなと感じる。おそらくこれは、幼い頃からのしつけと、長年の習慣の賜物だろう。

    一方で日本に帰るたびに気になるのが、電車が到着するや我先にと椅子取りゲームのように小走りに席を取り、座った途端に目をつむる(またはスマホの画面に釘付けになり、周りで何が起きているかを全く見ていない)人がとても多いと感じる。優先席に若者が平気で座っていたりもする。

    そういう光景を見ると、何かとても殺伐とした気持ちになる。日本は通勤が長く残業も多いから、睡眠不足で肉体的に疲れている人が多いのかもしれない。でも本当にそれだけが理由なのだろうか。第一、もしそんなに四六時中誰もが疲れているとしたら、そのこと自体が問題なのではないか。

    最近しばしばソーシャル・メディアなどでも話題になるが、混んだ電車にベビーカーを押した女性が乗ろうとすると、助けるどころか舌打ちしたり、あからさまに迷惑そうな顔をしたり、「ベビーカー畳めよ」という反応をする人が珍しくない。見ていると、体の不自由な人、妊婦、老人など、肉体的に弱い人々に対しても冷淡な場合が多いと思う。冷たいというか、存在自体を静かに無視しているように見える。


    意外にも日常的に席を譲られるニューヨーク

    私はニューヨークに住んで20年以上になる。基本この街でも人々は忙しいので、みんな自分のことで精一杯だし、他人のことにあまり関心はない。

    ニューヨークでは東京よりもはるかにインフラがくたびれており、エスカレーターもエレベーターもない地下鉄の駅がいまだに多い。そういう駅で、ベビーカーを押した女性や体の不自由な人がいると、見ず知らずの人同士が「ヘイ、手伝おうか?」「ほら、あんたもちょっと手貸して」という感じで自然発生的にチームになって、助けてあげている光景にしばしば遭遇する(手伝ったあとは何事もなかったかのようにアッサリ別れていく)。

    このような、アメリカに住む人たちの、ボランティア精神旺盛で、半ば強引で、もしかしたら日本では「おせっかい」と言われそうな行動や、同僚たちの日本の電車における積極的な親切さを見るにつけ、この違いは一体どこからくるのかと常々疑問に思っていた。

    こうした想いを1月にこうツイートした。

    「今日ニューヨークの混んだ地下鉄で席を譲ってくれようとした若者がいて、その時思った。東京に2週間ちょっといた間、毎日電車に乗ったけど、一度も席を譲ってくれようとする男性(私にであれ、近くに立ってる人であれ)に会わなかったな。」

    実際ニューヨークで席を譲られることは比較的よくあることで、このツイートの2日後にも地下鉄で、2人の乗客に対して「Do you wanna sit?」と席を譲ろうとしている女の子がいた。
    .

    「倒れたけど、誰も助けてくれなかった」

    だが驚いたのはこのツイートに対する反響だった。2日で1000以上のLikeと多くの個別メッセージが届いた。多くの女性が「わかる!」という(いくつか「妊婦時代は譲ってもらっていました」というポジティブなコメントもあった)一方で、「女だからって譲られるのを当然と思うのは変だ」


    全文はソース元で
    1/4(土) 12:10配信
    ビジネスインサイダージャパン
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200104-00000002-binsiderl-soci

    ★1 2020/01/04(土) 16:13:43.14
    前スレ
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1578131327/


    (出典 cdn-ak.f.st-hatena.com)


    【【疑問】外国人「日本人はなぜ席を譲らない?」とツイート→「レディーファーストって意味不明」と猛反発!!!!!!!!】の続きを読む



    (出典 www.suumocounter.jp)


    寿命はわからないですからね。

    1 ばーど ★ :2020/01/04(土) 19:09:37.91

    一生に一度の大きな買い物が、「持ち家リスク」とまで言われる時代になった。だが、はたしてそうだろうか。長年住んだ家を手放すことは、さまざまな面でより深刻な老後不安を生み出す原因になりうる。

    ■維持費が計900万円超って…

    結婚して子どもを育て、手狭になった賃貸マンションを離れ、夢の庭付き一戸建てを買う――。住宅ローン完済を迎える、または迎えたリタイア世代にとって、マイホームとはまさに「人生すごろく」の上がりの象徴だ。

    だが人生100年時代のいま、人生すごろくには長い続きがある。「年金だけでは毎月数万円の赤字が出る」「老後資金は一人あたり3000万円必要」と煽る新聞やテレビに不安を感じ、まとまったおカネの準備を急ぐ人も多いだろう。

    「1000万円程度の退職金や満期の保険金があっても、現役当時と同じ水準で食事や買い物をしていたり、万が一の大病を患ったりしたら、ほんの数年で底をつくものと考えておいたほうがよいでしょう」(ファイナンシャルプランナーの畠中雅子氏)

    子どもも独立し、一戸建ては、夫婦2人の手に余る広さだ。それを売って駅近で便利なマンションに住み替え、コンパクトに暮らそう。

    そうすれば老後資金も準備できるし、いっそ夫婦で老人ホームに入ったり、売却益を元手に子どもと二世帯住宅を建ててしまえば、今よりも楽しく暮らせるかもしれない。

    選択肢は拡がるが、実際はそううまくいかないことのほうが多い。

    高齢になってから住み慣れた我が家を手放すことは、経済面においても精神面においても、思わぬ負担を強いられることになる。そして、売ってから後悔しても、当然マイホームは返ってこない。

    順を追って見ていこう。

    ■「一軒家を売却」した夫婦の悲劇

    まずは、一軒家を売却して分譲や賃貸のマンションに引っ越したケースだ。

    原啓介さん夫妻(ともに68歳・仮名)は、埼玉県の大宮に30年ローンで買った一戸建てを売却し、約4000万円を手に入れた。これを元手に、東京都北区の人気エリアに2LDKの中古マンションを購入した。

    築22年が経過していることもあり、55㎡で約2500万円と購入価格は割安に抑えられた。大手デベロッパーが販売する有名マンションシリーズというのも、購入を決めた理由のひとつだ。

    新居のたたずまいはやや古いながらも、オートロックや宅配ボックス、機械式駐車場など、基本的な設備は備わっている。

    原さんは夫婦ともにマンション暮らしの経験がなく、一戸建てでは考えられなかった便利な共用部分に、当初は満足していた。都心も車で20分程度。新宿や銀座に夫婦で出かけ、買い物やランチを楽しむ機会も増えた。

    ところが、マイホーム時代はかからなかった、さまざまな経費に頭を悩ませていると言う。

    「駐車場代は月2万円。これは仕方ないにしても、管理費が1万円、修繕積立金が1万5000円で、年間54万円も払うことになる。

    しかも3年後には大型修繕があって、『入居すぐで申し訳ないが、費用が不足しているので、毎月の積立金とは別に50万円を負担して欲しい』と修繕委員会は言うんです。こんなバカなことがあるかって話ですよ」(啓介さん)

    このマンションに85歳まで17年間暮らしたとすれば、合計900万円を超える維持費に加え、イレギュラーな修繕費がいつ家計を圧迫するかわからない。

    正直、これほどの費用がかかるとは計算外だった。

    ■「老後の負担を減らすために住み替えたのに……」

    メンテナンスに費用のかかる機械式駐車場があることもリスクのひとつだ。

    最近、ある「事件」が起きたことを原さんの妻が明かした。

    「来客用に設けられた区画があったんですが、それが故障してしまったんです。住民の話し合いで、駐車場の利用者が平等に修理費を出すことになったのですが、これが一世帯あたり10万円かかるというのです。

    夫は『なんで他人が壊した駐車場の修理代まで払わなきゃいけないんだ』と、理事会で声を荒らげてしまったんです。

    以下全文はソース先で

    ■年齢を理由に退去要請

    ■突然の悲劇

    ■安値で買い叩かれる我が家

    2020年1月4日 5時0分
    現代ビジネス
    https://news.livedoor.com/article/detail/17616070/

    (出典 image.news.livedoor.com)


    ★1が立った時間 2020/01/04(土) 12:35:54.35
    前スレ
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1578123498/


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    (出典 xn--cct070hr9j7id.jp)


    ヤバイですね。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/01/03(金) 06:59:37.26 ID:upV0qr7q9.net

    その昔、今では考えられないような過激な映像を生放送していたテレビ番組があった。その番組の名は『TVジョッキー日曜大行進』。毎週、悪趣味な映像をこれでもかと垂れ流し、常にPTAから俗悪番組のレッテルを貼られ続けていた日曜お昼の怪物番組である。問題は、番組中の「奇人変人」コーナー。1976年5月9日、これに出演した少年が“生でゴキブリを食う”という荒技をテレビ1億人の前でやってのけ、昼飯時のお茶の間を大パニックに陥れたのだ。その後、「胃の中でゴキブリが繁殖して、少年は内蔵を食い破られて*だ」という噂話が全国で語られはじめ、その噂は数十年を経ても、新鮮な都市伝説として伝えられ続けてきたのである。あの少年は本当に*だのか!? 生きているのなら、いまどこに?

    当時の番組は生放送であったため、テレビ局にはVTRが残されておらず、ましてビデオがまだ普及していない時代の出来事である。1971年3月21日の放送開始から、番組終了までの奇人変人出演者の総数は総勢1100人以上を数え、この中からたった1人の人間を探すのは困難を極めた。だが、新聞縮刷版のラテ覧を丹念に調べると、番組でゴキブリ食虫芸を披露した素人は「過去に3人いた」ことが判明。そのうち2人は同一人物であったことがわかったのだ。1973年11月18日にゴキブリを唐揚げで食べた少年と、1976年5月9日に登場した件の少年である。実は、1973年に中学3年生でゴキブリを唐揚げにして食べた少年が、その3年後、高校3年生になって、そのキワモノ芸をよりパワーアップさせてブラウン管に帰ってきていたのであった。それまでに蓄積していた資料から、その少年は、青森県八戸市からやってきたN・H君であることをようやくつきとめる。あとは変わった名字から、少年の自宅を住宅地図から捜し出すのは、そう時間はかからなかった。

    ★少年の家に行ってきた!

    住宅地図を頼りにN・H君の家の前に立ち、玄関の呼び鈴を鳴らしてみた。応対に出てくれたのは少年の母親。母親は当時あんなキワモノ食虫芸で学校に行ったらイジメられるのではないかと心配したが、そんなことはなく、むしろ彼はテレビのおかげでヒーローになることができたという。いい気になって、その後も友人にせがまれるたびにゴキブリを食べてみせていたというが、ついぞ*ことはなかった。そして、ゴキブリ少年は地元工業高校を卒業後、東京の国士舘大学へ進学。車好きだった彼は将来は車の整備士になる予定だったが、大学卒業後はスーパーマーケット業界紙の記者になったという。

    だが、本人に会いたいと申し出ると、母親の顔が曇った。息子は何年も連絡が取れず、行方がわからないのだという。せっかく行方を訪ねて青森まで来たというのに、逆にこちらが行方を尋ね返されるという始末であった。10代でゴキブリを食べて母親をハラハラさせた少年は、壮年になって、またしても母親をハラハラさせていたのである。ゴキブリ少年は、今どこに…!?

    http://dailynewsonline.jp/article/2141079/
    2020.01.03 06:00 週刊実話


    (出典 xn--y8jp0b7jo22m55ao13i.jp)


    【【最強】テレビが生んだ都市伝説!『ゴキブリ少年』は死んだのか?????】の続きを読む

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